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最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)269号 判決 1991年11月29日

上告人

日本通運株式会社

右代表者代表取締役

長岡毅

右訴訟代理人弁護士

藤上清

被上告人

北埜吉克

右訴訟代理人弁護士

池田啓倫

池田容子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人藤上清の上告理由について

一被上告人の請求は、本件建物の賃貸人であった亡北埜太三郎(被上告人はその相続人である。)が、昭和六三年四月一二日、その賃借人である上告人に対してした賃料増額の意思表示(以上「本件増額請求」という。)による同年五月二〇日以降の賃料(月額)の確認を求めるものであるが、原審は、(一) 本件増額請求に係る昭和六三年五月二〇日の時点における本件建物の賃料は五三万四七〇〇円が相当である、(二) しかし、建物の賃貸人が借家法七条一項の規定に基づき賃料の増額を請求するには、現行の賃料が改定された時から相当の期間を経過していることが要件となるところ、本件における相当期間は二年と解するのが相当であるから、本件建物の賃料が現行の賃料に改定された昭和六一年一〇月一日から二年を経過する前にされた本件増額請求はその効力を生じない、(三) ただし、被上告人の賃料増額の意思表示は、本件訴訟の追行によって維持されているので、現行の賃料に改定された時期から二年を経過した昭和六三年一〇月一日の時点において、その効力を生ずるものと解するのが相当である、(四) 昭和六三年五月二〇日から同年一〇月一日までの間の諸物価及び土地価格の上昇を考慮しても、前記(一)の五三万四七〇〇円に修正を加える必要はない、(五)昭和六三年一〇月一日の時点における本件建物の賃料は五三万四七〇〇円が相当である、として、被上告人の請求を昭和六三年一〇月一日以降の本件建物の賃料が五三万四七〇〇円であることの確認を求める限度で認容している。

二本件増額請求に係る昭和六三年五月二〇日の時点における本件建物の賃料は五三万四七〇〇円が相当であるとした原審の前記認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らして、正当として是認することができ、所論中右認定判断及び措置の違法をいう論旨は採用することができない。

三所論は、さらに、被上告人の賃料増額請求は、本件建物の賃料が現行の賃料に改められた時から五年を経過するまで認められるべきではない、として、その時から二年を経過した時点で賃料増額請求の効力を認めた原審の前記判断の違法をいうが、次のとおり、論旨は採用することができない。

1 建物の賃貸人が借家法七条一項の規定に基づいてした賃料の増額請求が認められるには、建物の賃料が土地又は建物に対する公租公課その他の負担の増減、土地又は建物の価格の高低、比隣の建物の賃料に比較して不相当となれば足りるものであって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎない。したがって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過していないことを理由として、その間に賃料が不相当となっているにもかかわらず、賃料の増額請求を否定することは、同条の趣旨に反するものといわなければならない。

2  これを本件についてみると、原審は、本件増額請求に係る昭和六三年五月二〇日の時点における賃料は五三万四七〇〇円が相当であると認めながら、現行の賃料が定められた昭和六一年一〇月一日から右の時点まで二年を経過していないことのみを理由に、被上告人の右の時点における賃料の増額請求を否定しているものであって、右の判断には借家法七条一項の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。なお、原審は、被上告人が本件訴訟を追行していることによって被上告人の賃料増額の意思表示が維持されている、と判断して、昭和六一年一〇月一日から二年を経過した昭和六三年一〇月一日の時点で賃料増額請求の効力を生じたことを理由に、被上告人の請求を前記のとおり一部認容しているのであるが、右の判断を是認し得ないことは当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和四三年(オ)第一二七〇号同四四年四月一五日第三小法廷判決・裁判集民事九五号九七頁、最高裁昭和五〇年(オ)第一〇四二号同五二年二月二二日第三小法廷判決・裁判集民事一二〇号一〇七頁参照)。

3  そうすると、被上告人の請求は、昭和六三年五月二〇日以降の本件建物の賃料が五三万四七〇〇円であることの確認を求める限度で認容すべきところ、被上告人から上告がない本件において、右と異なる原判決を上告人に不利益に変更することは許されない。論旨は、結局、原判決の結論に影響しない部分の違法をいうに帰し、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官大西勝也)

上告代理人藤上清の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり破棄されるべきである。

(一) 原判決は、借家法第七条第一項の解釈を誤り法令に違背しているものである。

1. 原判決は、前回賃料が決定された時と今回増額請求がなされた時との間に相当の期間が経過していることが当然に必要であるとし乍ら、漫然と証人中井敬和の証言、被上告人本人尋問の結果及び鑑定ならびに弁論の全趣旨によって、前回改定時から遅くとも二年の経過をもって事情変更が生じ右に言う相当期間が経過したと認定している。

2. 又増額賃料額について、原判決は鑑定結果につき単に修正を加えるまでの必要があるとは認められないとして、鑑定により適正賃料額として算定された額をそのまま相当であるとしている。

3. 借家法第七条第一項は、不相当になった借賃を相当額までに増減調整する規定であり、その解釈としては単に計数的な期間の経過があり鑑定による算定適正賃料額が従前の賃料との間に開差が生じたのみでは直ちに増減請求権は発生せず、従前の借貸を維持することが公平の原則に反する場合に始めて右請求権が発生するものと解すべきである。

4. 即ち借賃の増減請求権発生の有無の判断に当たっては、右公平の原則に基き契約締結に至った経過事情、契約内容、使用目的、賃貸人及び貸借人双方の事情等一切の事情を考慮した上で増減請求権の有無を判断すべきであるに拘らず、原判決が全く之を為していないのは前記法令の解釈を誤り之に違背しているものと言うべきである。

5. 賃料増額請求権の発生について原判決は、前回賃料が決定された時と今回増額請求がなされた時との間に相当の期間が経過していることが当然に必要であると正当に判断し乍ら、上告人が本件建物を収益の不安定な倉庫並びに自動車輸送の営業所に使用していることが明白であり、此の様な場合は住居用に使用している場合に比して長期の周期を以って相当期間となすべきであるに拘らず、之を全く考慮せず既述した如く漫然と二年間を以て相当期間としているが、因に取得利益の一定しない営業用の賃貸借の場合には右相当期間は五年間位とすべきである。

6. 又、原判決が増額賃料額としてそのまま採用した鑑定評価額を算定した鑑定人である証人中井敬和の証言によると、経費率等からすると従前の賃料は未だ低額に過ぎるとは言えず、敢えて現在の適正賃料額を算定すれば鑑定通りと言うに過ぎず、法律上の判断は当然別個に為されるべきであるとの趣旨であったものである。

7. 上告人は昭和四六年八月二〇日以降本件建物を営業用に賃借しているものである所、本件建物は同年同月三一日に新築された(<書証番号略>)ものであることからして、上告人が当初より予め本件建物を賃借する旨約束していたものであり、言わば上告人は草分け的賃借人であることは明白であり、此の様な場合には特別事情として考慮すべきであるに拘らず、原判決は全く之を為していないものである。(大判昭七・二・一七参照)

(二) 原判決は、民事訴訟法第二五九条の解釈を誤り法令に違背しているものである。

1. 上告人は、公平の原則による上告人に有利となるべき諸事情を立証するため唯一の証拠方法として中川正則を証人として尋問すべきことを申し出たに拘らず、原審が之を採用せず結審したのは違法であり法令に違背しているものである。(最判昭五三・三・二三時報八八五・一一八参照)

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